富士の200はすごいことになってるらしい。ほんとにきちんと走りきれる人の割合はどの程度のものなんだろうか?7月の富士での記録を基準に足切してもいいんじゃないのかな〜。やっぱり脚力にあったイベントやレースってあると思う。レースじゃないイベントを脚力のある人が我が物顔で支配するのも違うと思うけれど、危険が伴うスポーツとしての一面を忘れてはいけない。我が物顔で斜行する人たちは、自分の危険にも気付いていないし、それはお互いにとって不幸な出来事でしかない。こういう考え方は、少しばかり自転車暦の長い人間の驕りなのだろうか?競技者というか愛好家の裾野が広がるのは良いことだけれど、多様性を持った広がり方をして欲しい。なんだかみんなが同じ方向を向きすぎているような気がするのは雑誌屋の思惑通り?