修理に出していた腕時計が1ヶ月ぶりに戻ってきた。久しぶりに装着するとずっしりと重い。でも、この重さが心地良い。もともと時計は寝てもさめても24時間365日ずっとはめっぱなしの生活なので、この時計の無い生活に不便を感じていたというか、ストレスさえ感じていた。別に時間に縛られているわけではないのだが、時間軸の中での自分の立ち位置を認識できることが安心。でも、こういうことがもうすでに、時間の虜になっているということなんだろうか?ただ、携帯のとりこにはなっていない。周りに縛られているというよりは、自分の位置が単に知りたいだけ。比較論ではなく絶対値としてのポジションが知りたい。これは自転車でも同じかな。人と競争するのも楽しいけれど、単に自分が気持ち良く走れることのほうが大事。